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金沢東山から白山へとつづく「白山詣双六」の世界観

江戸後期に刷られた絵双六「新板手擲清水参並白山詣双六(しんばん てたたきしみずまいり ならびに しらやまもうで すごろく)」が、石川県立歴史博物館に所蔵されています。

振りだしは金沢市ひがし茶屋街の高台にある西養寺で、上がりは白山市の白山比咩神社。マス目には全24ヶ所の景観が白山参詣道として描かれており、往時の街道筋の庶民生活に思いを馳せることができます。

そこから200年の時が経ち、参詣道をめぐる風景は様変わりしました。

そこで、この「新板手擲清水参並白山詣双六」をお手本とし、現代の観光ルートも加味した「現代版 白山詣双六」をつくりましたので、当時の風景を想像しながら、金沢から白山比咩神社までの参詣道をお楽しみください。

金沢東山から白山へとつづく「白山詣双六」の世界観

江戸後期の「新板手擲清水参並白山詣双六」について

江戸時代、金沢から霊峰白山へ登ることは、かなりの難行でした。そのため、早朝に出立すれば徒歩で往復できる白山本宮(現在の白山比咩神社)への参詣を選ぶ人が多く、加賀藩前田家の一行も、何度も白山本宮へ詣でています。

その参詣道を描いたのが「新板手擲清水参並白山詣双六」です。


題名のトップに「手擲清水参」とあることから、当時栄えていた手たたき清水への参詣を促すことに、この双六制作の意図があるのではないかとも言われます。

当時の手叩き清水周辺には茶屋が建ち並び、清水脇の観音は丙午の年に開帳されたそうです。江戸後期の丙午年といえば天明6年(1786)と弘化3年(1846)ですので、その頃に、手たたき清水への参詣をあてこんだ広告として作られたのだろうと推察されています。


また、この双六のテーマの一つになっているのが「白山の水」だと考えられます。

振り出しの「卯辰西養寺」には白山から地下水脈でつながっていると言われる井戸があり、「浅野川大橋」「犀川大橋」という金沢の大切な二つの川に架かる橋や、前述の「手叩き清水」、さらに天の真名井がある「金劔宮」、そして上がりの「白山本宮」は加賀平野に水を配る神様として崇められています。

これは、現在の「白山手取川ユネスコ世界ジオパーク」が掲げる「水の旅」につながるテーマです。白山の恵みを感じながら旅をするのは、今も昔も同じなのかもしれません。


「新板手擲清水参並白山詣双六」に描かれた場所

一 うたつさいようじ(卯辰西養寺

 白山に通じるされる井戸を持つ天台宗の名刹。井戸に向かって手を叩いて願い事をすれば白山へ届く、との謂れがある。目が動く(⁉)幽霊の掛け軸もある。

二 乗龍寺(じょうりゅうじ)

 現白山市の日御子で日御子大明神を祀っていたが卯辰山に移転。後に西養寺に合併されて現存しない。双六には「手叩き清水より上らせたまふ御仏なり」と書かれ、「さいせん」ポイントにもなっている。

三 あさの川大はし(浅野川大橋)

 江戸時代から交通の要所となっていた。現在の橋は1922 年(大正11 年)の建設。浅野川大橋北側にある火の見櫓とともに国の登録有形文化財に指定されている。

四 つつみ町かがみや(堤町鏡屋)

 加賀染の手ぬぐいを扱う呉服屋と考えられるが、現存しない。現金沢エムザ辺りにあったとの説がある。双六には「手ぬぐい代」という記述があるので、ここに停まるといくらか支払うことになっていたようだ。

五 さい川大はし(犀川大橋)

 加賀藩初代・前田利家の頃に架けられ、江戸時代から交通の要所であった。現在の橋は1924 年(大正13 年)の建設で国の登録有形文化財に指定されている。

六 玉泉寺天満宮(ぎょくせんじてんまんぐう)

 2代藩主・前田利長の正室永姫(玉泉院)の菩提寺で、永姫の父である織田信長を密かに祀っていたといわれる。

七 上泉村(じょうせんむら)

 地黄煎(じおうせん)村ともいい、現在の泉野図書館西側の鶴来街道周辺。

八 いづみ野一本松(泉野いっぽんまつ)

 現在の金沢市営陸上競技場付近にあったと伝えられる当時のランドマーク。

九 寺地の天王(てらじのてんのう)

 現在、金沢市寺地町1丁目にある八坂社。京都祇園社(八坂神社)の祭神である牛頭天王を祀ったとされる。

十 山しな(山科)

 金沢という地名発祥のもとになった伝説の人「芋堀藤五郎」が暮らしていた所。

十一 くぼの橋(窪のはし)

 窪はその地名のとおり、地形がくぼんだ水を貯めやすい土地。現在の高尾一丁目交差点の辺り。

十二 たこやま(高尾山)

 現在の石川県教育センター付近を高尾山といい、戦国時代には「高尾城」があった。その地で守護の富樫政親(とがしまさちか)が加賀一向一揆に敗れたことから「百姓の持ちたる国」が百年続いた。

十三 ぬか谷茶や(額谷茶屋)

 額東神社に向き合う形で茶屋があったようで、加賀藩13代前田斉泰も休憩したと伝えられる。昭和初期まで店があり、最後の茶屋は「山谷屋」であった。双六に「ちゃ代」と記載があるので、ここも支払いポイントだったと思われる。

十四 しじま(四十万)

 蓮如上人が何度も逗留したという四十万善性寺(ぜんしょうじ)がある。上人は寺の前山に登り、加賀一円が眼下に広がる風光を愛し「霊宝山」と名付け、自分が死んだらこの山頂に葬ってくれとおっしゃったと伝えられている。

十五 そだに(曽谷)

 現在は旧街道の西側に北陸鉄道石川線(白山ジオパークライン)が走り、曽谷地内には曽谷駅がある。

十六 さかじり(坂尻)

 手取川扇状地にあまねく水を配る「七ヶ用水」の生みの親・枝権兵衛(えだごんべい)が生まれた地。

十七 小柳茶屋(おやなぎぢゃや)

 「ああ、しんどや」「これより手叩き清水は、近うござる」と双六に書かれている。茶屋は現存しないが、現在の「山水苑」がその名残を引くといわれる。

十八 日御子の森(ひのみこのもり)

 日御子神社の境内が「日御子の森」と呼ばれていた。白山大汝峰(おおなんじみね)の北東部にある火御子峰(2004m)の神霊を祀ったとも伝えられる。また、冬至の日の太陽が、神社から見ると東の獅子吼の山から上って、神社から西方向の日向(ひゅうが)地区に沈むことから、太陽信仰の神社との説もある。

十九 手叩きしみず(てたたき清水)

 双六のタイトルにも使われた白山参詣のキースポット。白山を開山した泰澄(たいちょう)大師が錫杖を立てて清水を開掘したとされる。清水は丙午年に特に霊験があるといわれ、江戸中期頃から霊験談が口移しに爆発的に広がって大賑いとなり、茶屋や奉納鳥居が並ぶ程だった。昭和50年(1975年)頃までは料理旅館が営業していた。

二十 つきはし(月橋)

 義経一行がこの地を通った際に邪魔な大岩を弁慶が投げ捨てた、との伝承を持つ岩が双六に描かれ「べんけい石」と注記してある。

二十一 つるぎ(鶴来)

 山と海をつなぐ交易地として古くから栄えてきた。双六には馬と手綱を引く人が描かれているが、この地はかつて馬場町と称されたこともある。門前町としては千年以上の歴史を持つ。

二十二 きんけんぐう(金劔宮)

 往時は白山七社の一つで、白山第一王子とも称される。双六では「うし石」と「との池」が記されている。石は現在も「天忍石」として、池は「天の真名井」として現存する。 

二十三 神主町(かんぬしまち)

 旧加賀一の宮駅付近の一帯はかつて「神主町」と呼ばれ、白山本宮(白山比咩神社)に仕える人たちが多く住んでいた。

二十四 白山(しらやま)

 日本三名山の一つに数えられる白山(はくさん)は、古来、人々にとって聖域であり“ 命の水” を供給してくれる神の山だった。山頂にある奥宮への参拝は困難であることから、白山本宮(現・白山比咩神社)を白山詣のゴールとする参拝道が広く知られ、この双六でもここが「上り」となっている。白山比咩神社は全国3千社という広がりを見せる白山神社の総本宮である。


ひがし茶屋街から白山比咩神社へ ~現代版 白山詣双六~

金沢 ひがし茶屋街金沢 ひがし茶屋街
尾崎神社尾崎神社
尾山神社尾山神社
長町武家屋敷跡長町武家屋敷跡
犀川大橋犀川大橋
一閑寺一閑寺
白山市鶴来白山市鶴来
神主町公民館神主町公民館
白山比咩神社表参道白山比咩神社表参道

現代版 白山詣双六 スポット紹介

西養寺

 堂内にある井戸に向かって手を叩くと、白山に願いが届くとされています。

ひがし茶屋街

 加賀百万石文化の風情を感じながら、和カフェや雑貨めぐりを楽しみましょう。

浅野川大橋

 「女川」と呼ばれる浅野川に架かる大橋です。

尾崎神社

 徳川家康を祀る神社。金沢城の江戸、北陸の日光とも呼ばれます。

尾山神社

 加賀藩祖・前田利家とと正室・お松の方を祀る神社。和漢洋折衷の神門は金沢のシンボル的存在。

長町武家屋敷跡

 加賀藩士の上・中級武士の屋敷跡が残り、土塀や用水が藩政時代の情緒を醸し出しています。

犀川大橋

 「男川」と呼ばれる犀川に架かる大橋です。

寺町寺院群

 江戸時代初期に一向一揆に対する防衛策として集められた寺社が70近くあります。寺カフェや縁結びのお寺も。

⑨玉泉寺天満宮

 加賀藩前田家は菅原道真(天神様)を藩祖神としていたので、天神様を祀る天満宮も熱い加護を受けていました。玉泉寺天満宮は、2代利長夫人の玉泉院が、父の織田信長を祀っていたともいわれます。

⑩額東神社

 江戸時代の双六にある「額谷茶屋」の向かいの神社。茶屋は現存しないので、神社にお参りして一息つきましょう。

⑪善性寺

 江戸時代の双六の「四十万」の地にある由緒あるお寺。蓮如上人が何度も逗留し、神社の前山を「霊宝山」と名付けたそうです。

⑫曽谷・坂尻

 北陸鉄道石川線(白山ジオパークライン)の車両が田園風景の中を走る姿が“映え”ます。

⑬日御子の森

 日御子神社の境内。白山の火御子峰の神霊を祀ったともいわれ、また太陽信仰の神社だとも伝えられます。

⑭手叩き清水

 江戸時代の「手擲清水参並白山詣双六」のタイトルにも使われたキースポット。往時の賑わいはありませんが、井戸に向かって手を叩いてみてください。

一閑寺

 江戸時代の双六の「つきはし」にあった槻橋神社は一閑寺のことだとする言い伝えがあります。お堂の中には日本最大級の摩崖仏不動明王像があります。

金劔宮

 創建から2100年を経ているといわれる北陸最古の神社。江戸時代の双六に記された石と池が現存します。

⑰鶴来

 千年の歴史を持つ門前町。手取川扇状地の扇の要に位置し、「水を分けるまち」ともいわれます。

⑱神主町

 かつて白山比咩神社の神主さんたちが暮らした町。現在は白山市白山町(はくさんししらやままち)の小字として残っています。

白山比咩神社

 全国各地に3千社もある白山神社の総本宮。御祭神の菊理媛尊(くくりひめのみこと)は縁結びの神様として知られています。


白山詣双六QRスタンプラリー

加賀染めの手ぬぐいプレゼント!


江戸時代の双六では、四番「つつみ町かがみや」の欄に「かがそめの手ぬぐい扱う」と記載されています。

そこで、この現代版の双六スタンプラリーでは、加賀友禅の職人が染め上げたオリジナル手ぬぐいをプレゼントします。

詳しくは下のリンクからご覧ください。

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